物理演算とは、現実の物理法則をコンピュータ上の計算で再現する技術の総称です。ゲームの当たり判定、水や布の動き、車の挙動など用途は幅広く、扱う法則も目的によって変わります。この記事では、車庫入れシミュレーターが実際に使っている物理演算を例に、「物理演算とは具体的に何を計算しているのか」をかみ砕いて解説します。これは物理演算をテーマにした連載の第1回です。
そもそも物理演算とは何か
物理演算(physics simulation)は、位置・速度・力・衝突といった物理量をルールに沿って計算し、現実に近い動きを再現する仕組みです。ひとくちに物理演算といっても中身はさまざまで、たとえば次のように目的ごとに使う計算が異なります。
- 剛体の運動:硬い物体が力を受けて動く・ぶつかる(ゲームの箱や車のクラッシュなど)
- 衝突判定:物体どうしが重なったか、ぶつかったかを調べる
- 流体・布・粒子:水、旗、煙などの連続的な動き
- 運動学(キネマティクス):力ではなく「形と拘束」から動きの軌跡を求める
車庫入れシミュレーターが使っているのは、このうち最後の運動学+幾何(かたちの計算)です。力や摩擦のダイナミクスではなく、「車がどんな弧を描いて動くか」を厳密に求めることに特化しています。
このツールの物理演算:車を長方形として「動きのかたち」を解く
車庫入れシミュレーターは、車を全長×全幅の1枚の長方形として扱い、次の順で計算します。
- 車種の最小回転半径(カタログ値=ハンドルを目一杯切ったときの外側前輪が描く円の半径)を入力として受け取る
- そこから、車が実際に回転する中心である後輪の旋回半径を求める
- その半径で車体を回したとき、車の各コーナーが描く軌跡(掃引)を計算する
- その軌跡が道路の端や車庫の壁に当たらないかを判定する
ポイントは、車は前輪ではなく「後輪の少し内側」を中心に回ることです。この回転中心を後輪旋回中心と呼びます。
「後輪の旋回半径」を最小回転半径から求める
カタログに載っているのは前輪外側の最小回転半径ですが、車が回る中心は後輪側にあります。このツールは両者の関係を直角三角形(ピタゴラスの定理)で結んで、後輪の旋回半径を計算しています。
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| 最小回転半径 | 前輪外側が描く円の半径(カタログ値) |
| ホイールベース | 前輪と後輪の間隔(このツールでは全長の約6割で近似) |
| 後輪旋回半径 R | √(最小回転半径² − ホイールベース²) |
つまり、後輪旋回半径 R は「最小回転半径」と「ホイールベース」から幾何的に一意に決まります。ここが、力を使わず形だけで動きを決める運動学の計算です。
なぜ「前が大きく振れる」のか=掃引の計算
バック駐車が難しい一番の理由は、ハンドルを切ると後ろではなく前が大きく外へ振れることです。これも計算で説明できます。旋回中心Oから最も遠いのは車体の前外コーナーで、その距離は次の式になります。
- 前外コーナーの旋回半径 D = √((R+車幅の半分)² + 全長²)
D は後輪旋回半径 R より必ず大きいため、前外コーナーが一番外側の大きな弧を描きます。だからバックで切り込むと前が隣の車や壁側へ膨らみ、前進入庫では車庫の幅に余裕が必要になります。シミュレーターの画面で車の前側が大きくスイングして見えるのは、この D の弧を描画しているからです。
切り返し回数・入庫可否はこう判定している
軌跡が求まれば、あとは「その弧が境界を越えるか」を調べるだけです。
| 判定したいこと | 計算していること |
|---|---|
| バックの切り返し回数 | 後退の弧の途中で、前端コーナーの位置が前面道路の端を越えて(はみ出して)しまわないか。はみ出す量に応じて回数を推定 |
| 前進入庫の可否 | 前外コーナーの弧が車庫の幅に収まるか。収まらなければ「入庫不可」と必要な車庫幅を表示 |
道路が狭いほど、また最小回転半径が大きい(小回りが利かない)車ほど、はみ出し量が増えて切り返しが必要になる——この関係が、上の幾何の式から自然に導かれます。
この物理演算の前提と限界
正直にお伝えすると、このシミュレーターの計算はいくつかの前提の上に成り立っています。
- 車を理想的な長方形の剛体として扱い、ハンドルは一定の切れ角で操作すると仮定している
- タイヤの滑り・路面状況・車体の傾き・運転者の操作誤差は計算に含めていない
- ホイールベースは全長からの近似値を使っている
そのため結果は「幾何的にはこう動く」という目安であり、実際の駐車は周囲の状況を必ず目視で確認してください。逆に言えば、力や摩擦を省いて形の計算に絞っているからこそ、入力するとすぐに軌跡と切り返し回数が表示できる、という設計です。実際の数値で試したい方は車庫入れシミュレーターで車種と車庫サイズを入れてみてください。
物理演算をもっと知る(連載予定)
今回は「運動学+幾何」という一種類の物理演算を、車庫入れの実例で紹介しました。物理演算にはこのほかにも、剛体に働く力の計算、衝突判定のアルゴリズム、回転運動やモーメントなど、掘り下げがいのあるテーマがたくさんあります。今後の連載で、それぞれをできるだけかみ砕いて解説していく予定です。